世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 27 隠れ家の真実

サイレント・レジスタンス 27 隠れ家の真実

第27話 隠れ家の真実


 廃ビルの中は薄暗かった。


 天井に小さな照明が点いているものの、手話がかろうじて読み取れる程度の明るさしかない。


 僕と平石は周囲を警戒しながら、恐る恐る奥へ進んだ。


 通路の先が開けていた。


 二十平方メートルほどのフロアに、大勢の人間が集まっている。


〈何の集まりだ、これ……〉


 平石が手話した。


 僕にも分からない。


 ただ、妙なことに気づいた。


 これだけの人数が集まっているのに、ひどく静かなのだ。


 あちこちで人々が向かい合い、盛んに手を動かしている。


 ほとんどが手話だった。


 僕たちが人混みの中へ入っていくと、向こうから誰かが激しく手を振った。


〈こっちよ、こっち〉


 人をかき分けて進む。


 見覚えのある女性が、ニコニコしながら立っていた。


 施設で働いていた人だ。


〈やっと来れたのね〉


 平石も彼女を知っているらしい。


〈ここ、何なんです?〉


 僕が尋ねると、彼女は周囲を見回した。


〈隠れ家よ〉


〈誰の?〉


〈私たちの〉


 それじゃ分からん。


 彼女は僕たちが持っている3D銃に気づいた。


〈それ、見せて〉


 僕と平石は銃を取り出し、デスクの上に置いた。


 女性はそれを手に取り、状態を確かめるように眺めた。


〈あとで点検してもらった方がいいわ。ここには開発スタッフもいるから〉


〈開発スタッフ?〉


〈そう。これを作った人たち〉


 彼女は3D銃を指差した。


 僕と平石は顔を見合わせた。


〈これ、ここで作ったんですか?〉


〈正確には、ここにいる技術者たちが開発したの。ほとんどが聴覚障害者よ〉


 僕は改めてフロアを見回した。


 確かに、そこら中で手話が飛び交っている。


〈何のために、こんな銃を?〉


 女性の表情から笑みが消えた。


〈感染者と戦うためよ〉


〈感染者?〉


〈あなたたちも見たでしょう。警察官や自衛官たちを〉


 それなら嫌というほど見た。


〈あの人たちは、ウイルスに感染しているの。感染すると、外部から送られてくる信号に強く影響されるようになる〉


 平石が割って入った。


〈外部って、誰だ?〉


 女性は少し間を置いた。


〈エイリアン〉


 僕と平石は黙った。


 手話を読み違えたのかと思った。


 しかし彼女は真顔だった。


〈私たちは今、宇宙から来た連中と戦っているのよ〉


 さすがに、すぐには信じられなかった。


 昨日までの僕だったら、たぶん鼻で笑っていた。


 だが、警官の真っ赤な目も、人間とは思えない力も、市民を平然と襲う自衛官も、この目で見ている。


 笑い飛ばせる材料の方が少なかった。


 フロアの中央には、大きなディスプレイが置かれていた。


 アイドラゴンだ。


 数人がその前に集まり、放送を見ている。


 画面の中では、以前見たことのある男が手話をしていた。


〈テレビ、ラジオ、パソコン、スマートフォン、ゲーム機……私たちの周囲には、常に音声を発する機器があります〉


 男は机の上に並べた機器を順番に指差した。


〈もし、その音声の中に人間の認識に作用する信号を混ぜ、二十四時間流し続けたとしたら?〉


 僕は画面を見つめた。


〈感染した人間は、その信号の影響を強く受けます。しかし、私たちの多くはその音声そのものを受け取らない〉


 平石が僕を見た。


 僕も平石を見る。


 ようやく、この場所にろう者が多い理由が分かってきた。


 その時、人混みの向こうから船橋が現れた。


 僕たちを見つけると、手を上げて近づいてくる。


〈無事に着いたな〉


 船橋は僕たちと握手を交わした。


〈途中でドローンに会わなかったか?〉


〈いや。何にも〉


 平石が答えた。


〈ならよかった。今、警察は俺たちを捜している〉


 僕は一瞬、自分のことかと思った。


〈国家転覆を企てる過激派集団だと報道されてるらしい〉


 そっちか。


 僕は思わず苦笑した。


〈警察や自衛隊は、もう信用できない〉


 船橋の表情が険しくなった。


〈あいつらは、国から警察と自衛隊を奪ったんだ〉


 平石が眉をひそめた。


〈奪ったって、どうやって?〉


〈ウイルスだよ〉


 船橋は即答した。


〈感染させた人間に、外から信号を送り込む。人間の命令より、そっちを優先するように仕向けるんだ〉


〈そんなことができるのか?〉


〈実際、起きてるだろ〉


 何も言い返せなかった。


〈連中にしてみれば、武器を持った人間を一から育てる必要なんてない。すでに訓練されている人間を利用すればいいんだ〉


 警察官。


 自衛官。


 救急隊員。


 僕がこの数日間に見てきた人間たちの姿が次々と浮かんだ。


 フロア中央のディスプレイでは、放送が続いていた。


『現在、地球は危機に瀕しています。宇宙から来た侵略者は、自らの手をほとんど汚すことなく侵攻を続けています。人間を操り、人間に人間を襲わせることで、支配地域を拡大しているのです』


 平石が船橋に尋ねた。


〈奴らは、何のために地球を侵略するんだ?〉


 船橋はしばらく平石を見つめていた。


〈連中にとっては、それが当たり前なんだろうな〉


〈当たり前?〉


〈俺たちだって、他の生き物の都合をいちいち聞いて土地を使ってるわけじゃないだろ〉


 船橋は肩をすくめた。


〈友好的な交流なんて考えてるのは、案外こっちだけなのかもしれん。奪うか、奪われるかだ〉


 嫌な話だった。


 アイドラゴンでは、別の解説が始まっていた。


 画面に、一匹のアリの写真が映し出される。


『地球上にも、生物の行動を変化させ、自らの繁殖に利用する生物が存在します』


 続いて、タイワンアリタケの画像が映った。


『タイワンアリタケの胞子がアリに感染すると、菌は宿主の体内で成長し、やがてその行動にまで影響を及ぼします。感染したアリは菌の繁殖に適した場所へ誘導され、最後には新たな胞子を拡散するために利用されます』


 僕は何となく嫌な気分になった。


 人間に置き換えれば、今起きていることとよく似ている。


『現在発生しているパンデミックも、同様に宿主の行動を外部から変化させる仕組みを持つ可能性があります。ただし、その詳しい機序はまだ解明されていません』


 ここはまだ、誰にも分かっていないらしい。


 その方がむしろ信用できた。


 何でもかんでも分かっていると言われるよりはマシだ。


 放送が一段落すると、船橋が僕たちをフロアの奥へ案内した。


 長いテーブルの上に、色とりどりのプラスチック製の銃が並んでいた。


 ハンドガン型。


 小型のもの。


 銃身の長いもの。


 どれも玩具売り場に並んでいそうな外見だ。


〈ウイルスを無力化するには、こいつが必要になる〉


 船橋が言った。


〈変異した感染者も確認されてる。だから、こっちも改良を続けてるんだ〉


 僕は青と白のアサルトガン型を手に取った。


 ずしりと重い。


〈これ、人を殺すんですか?〉


 船橋の表情が少し曇った。


〈感染していない人間なら、基本的に殺傷するようなものじゃない〉


〈感染者は?〉


〈分からん〉


 僕は船橋を見た。


〈分からない?〉


〈感染の進行度による。ウイルスの活動を止めた途端、そのまま死ぬ奴もいる。意識を失うだけの奴もいる。それから――〉


 船橋は言葉を切った。


〈一度倒れてから、もっと酷い状態で起き上がる奴もいる〉


 僕は黙って銃をテーブルへ戻した。


 それなら、すでに見ている。


 あの警官だ。


 僕を食うと言って襲いかかってきた男。


 あれが何だったのか、ようやく少しだけ分かった気がした。


 平石はテーブルいっぱいに並べられた3D銃を見つめていた。


 数日前までなら、こんな物を見れば笑っていたかもしれない。


 今は、僕も平石も笑わなかった。

つづく

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